ゴールデン街は凄いという話

金曜の夜は妖怪ハウスのパーティー、土曜の日中は日本デザインセンターでHOUSE VISION、夜は広島から来た鉄塔さんを連れてギークハウス新宿に。人を呼び寄せてお好み焼きを焼く。夜はTさん、鉄塔さんとゴールデン街へ。日曜は昼から北印度神さんの誕生日インドカレーパーティー。で、帰ってきた。立て続けにイベントがあったので夜と朝が繋がってる感じになってて日付感覚がおかしい。勉強会の課題レポートと社内イベントのコピー案だしをやってないので明日集中的にやるつもりである。今日はカレーしか食ってないけどまともな時間に寝る。いろんなことがあったのでよく覚えてないが、ひとつ覚えていることを。

ゴールデン街は凄い。圧倒された。

Tさんに連れて行かれた店にいた、一人は声がデカくて話の途中で歌を熱唱し出す(しかも上手い)おじさん、そこに絶妙なツッコミを入れるおばさん(この二人は夫婦らしく、完全に夫婦漫才が成立している)、そしてもう一人完全にコミュニケーションが取れないおじさんという3人との会話に怒濤の勢いで巻き込まれていった。

コミュニケーションというのは一つの場で一つの話題を共有して行われるものだと思っていたが、もう一人のおじさんは何しろ完全に何かしらの焼きが回っているので、Bメロの途中からギターだけがいきなりソロを始めるような感じの会話を展開してくる。さらに驚くべきことに、それが何を言っているのか全く分からないのだ。

それが「日本語」であることはわかり、「話」の体裁をとっていることも分かる。しかしその話の内容がなんなのかは全く分からない。そのため聞いている方はただ神妙な顔をしてうなずくことしかできない。

夫婦漫才の会話の途中から乗っかる形で(しかし実のところ何を言っているのか分からないため乗っかっているのかどうなのかも分からない)並列的に意味不明な言葉によるソロが続く。そこでコミュニケーションが終了するかと思いきゃ、夫婦の方はというとそれを止めるでもなく夫婦漫才を継続する。なんなら夫婦のおじさんのほうも若干何言ってるか分からないので、たとえその会話を録音して書き下ろしてみても読者は意味が読み取れないだろう。しかしその個別を見れば完全に破綻している状況そのものがめちゃくちゃにおもしろいのだ。崩壊した複数の場が、一つの場として圧倒的なエネルギーを持って立ち上がってくる。

そこには今まで自分の見てきた「なにがおもしろいのかわかる」笑いとは全く違う、いわば未知との遭遇ともいえる何かに飲み込まれてしまった。あるいはフリージャズ的とも言えるのかもしれない。もしかすると昭和の時代に生まれた笑いというのはこういうエッセンスを備えていたのかもしれない。

戦争を乗り越えてきた世代のパワーを実感したという話でした。


2015年1月12日

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