縮小現実について

ここ数年ずっと縮小現実の可能性についてぼんやり考えている。

脳のニューロンの役割は人間の外部内部から入ってきた情報を隣のニューロンに伝えるだけではない。その情報の大半を削除し、必要なものだけをパルスに変換して伝えている。つまり「見逃す」こと、情報を削減することが仕事でもある。精神疾患の症状でもあるが、自分の周りの会話や視覚情報などあらゆる情報に対して精神が平等に鋭敏に反応した場合、人間は自我を保つことが困難になる。脳の自衛システムとして情報をフィルタリングして重要なものだけを残す機能が人間には備わっている。

ところが、人間が一度に処理できる情報の量はほとんど増えていないのに、人間が曝される情報の量は爆発的に増えている。本や映画と違って、広告は基本的に無料だ。無料というのは「それを求めない人に強引に押しつけることができる」と言う意味ではないはずだが、そのようなことは日常的に行われている。

日常的に大量の情報に曝されるこの状況を情報被曝と名付けたい。
情報被曝は人に苦痛を自覚させないままに進行し、脳のリソースを奪っていく。認知や判断力は有限のリソースだ。情報に注意を奪われている時間だけ自分が自分の人生のために何かを考える時間は減る。自覚しなければ知らず知らずのうちに頭に不必要な広告をねじ込まれたスカスカの人生が出来上がる。
それを避けるための最初のステップとしてWebの、あるいは現実の広告や不要な情報からオプトアウトされる手段があってしかるべきだと思う。縮小現実はそのための技術だ。


2016年5月7日

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